2008年10月16日(木)

イジメトラウマと親子関係 [トラウマ]

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総括マネージャーの石山です。

先月の末に、代表阿部のお伴で初めて学会というものに参加して参りました。
 色々な事例やお話が聞けてとても勉強になりましたし、参加された方々との
素敵な出会いもあり、とても実り多い学会デビューでした。

学会のあとは、西尾和美先生のワークショップと盛りだくさんな日程でしたが、
久々に西尾先生のワークショップを受けることができたこと、
そしてたくさんの方々が参加して下さり、WSを受ける選択をされたみなさんの力と、
また素敵な出会いにより仲間の輪が広がったことに、とても感動した1日でした。


 さて、今回は「イジメトラウマと親子関係」について、
斎藤学先生の著書「イジメをなくす親子関係」(旬報社)を参考に、
また私の経験も含めてお伝えしようと思います。

先日、また韓国でネット上での誹謗中傷により、人気女優が自殺されたという
ニュースがあり、とても心が痛みます。
韓国では数年前から、このようなネット上での書き込みによる誹謗中傷で
有名人の自殺が相次いでいますが、日本でもこのようなネット上の書き込みで、
心を痛めている子ども達が多くいると言うことを聞きます。

このような卑劣な行動に苛立ちを覚えると同時に、このような被害に遭い、
深い傷を負ったり、自殺にまで追い込まれるほどの苦しみを受けた方のことを思うと、
とてもいたたまれない気持ちになります。



では、このいじめということについて、少し見ていきましょう。 

前出の参考図書で、斎藤先生は
「いじめ・いじめられ関係は、学校に限らず、人間関係のあるところならどこにでもある、
日本全体の問題である」
とおっしゃっています。

そして、イジメがおこる構造として次のことを挙げております。


@パワー(自己肯定感)の欠損を埋めるためのいじめ
  自分の中のパワー(生きる力、自分は生きていていのだ  というエネルギー)が
  不足した時にそのパワーの欠損を埋めるような形で、
  補完として行われるいじめ。


Aいじめは二人関係のなかでおこなわれる
  多数が一人の者をいじめているように見える場合もあるが、
  その関係の核になるのは二人関係。
  いじめを必要とする者と、いじめられる・いじめの必要を満たす者という
  二人の関係の中で成立する。


B順位闘争がいじめにつながる
  誰が強くて、誰が弱いかということは、人間関係において常にたいへん
  大事な要素であり、いろいろな順位闘争が起こりそれ自体は
  いじめ・いじめられ関係ではないが、その順位の闘争が  いじめに転化することがある。


C嫉妬がいじめを増幅させる 
  嫉妬はいじめを増幅させる重要な要素で、容姿、知力、体力など様々な
  テーマごとに序列が入れかわり、多くの部分で高い順位を保っていても、
  ある側面で「自分を守る」力を欠いている場合に、加害者側の嫉妬の対象になる。


D教師が無意識のうちにいじめの加害者になっている
  クラスの中での権力者(教師)が、ある子どもに対して無意識に抱いている嫌悪感を、
  追従者(子ども)は鋭くキャッチし、クラスの中でそういう感情が伝播して、
  先生の代わりにその子を排除する。


E馴化が目的となるいじめ 
  ある集団に共有されている規範、ルール、文化や価値観を、
  新たに集団に参加してきた人に学習させ、新しいグループの中で
  うまくやっていけるよう世話焼きのかたちで介入し支配する。


F排除が目的となるいじめ 
  異質なものを異質として指摘し、侮辱、暴力によって集団から排除しようとする。


G自己確認のための排除  
  相補的同一化(あい補うということ) 
  自分の中の排除する対象を確認して、その排除対象を担っている
  人物を憎しみの対象にする。



こうしてみると、さまざまないじめ・いじめられ関係の構造がありますね。
私も過去にイジメを受けた経験があることは、以前からこの場で
お伝えさせて頂いておりますが、私のいじめ・いじめられの経験にも、
この構造があてはまっていると思います。


 さらに、斎藤先生は「いじめ・いじめられ関係は、家族の中にその起源をもつ」
とおっしゃっています。

クラスで起こっていることは、すべて家族の中で起こっている人間関係の再現で、
家族の中で起こったことや、クラスの中で起こったことは、職場でも起こるし、
新しく自分が作る家庭の中でも起こるそうです。

人間は自分が育てられたようなかたち以上には子育てできないし、
子どもは親が持っている世界観以上には、自分の世界観を洗練することはできない。
でも、家族の壁が薄くて、親がいくら変な世界観を持っていても、
子どもは他の世界観を読み取って「親の考えていることが変だ」と考える
批判性がある場合は、違う世界観を作り出す可能性はあるそうです。


 また、家族の中で子どもはいろいろなものを奪われているともおっしゃっています。
子どもは生まれてから育つプロセスの中で、いろんな自尊心の泥棒たちから、
「自分に価値がある、力がある」という信念を奪い取られていて、
その『自尊心の泥棒』の筆頭は、親なのではないか?とおっしゃっています。

その中で、親からの「条件付きの愛」というのが危険な要素だそうです。
「お前はかわいいから、頭が良いから、力があるから愛する」というような理論を
親はどこかで使ってしまっているところがあるそうです。
そうすると、それを満たせないと思っている子どもの方は、自分の評価を
落とさざるを得なくなり、「自分に価値がある」という信念を失っていくのだそうです。


育ってきた環境で自尊心を奪われてきたら、「自分を守る力」も失われるので、
先ほどのイジメの構造でもありましたが、イジメの対象になってしまうことも
十分に考えられますね。
そう考えると、家族の中にいじめ・いじめられ関係の機嫌があるということも
納得できます。



では、次にイジメのトラウマについて見ていきましょう。
ここで、ちょっと私の経験をシェアさせて頂きたいと思います。


 先日ある場所で、偶然中学生時代にイジメを受けた主犯格の人と
バッタリ会ってしまいました。
バッチリ目が合ってしまい、私は咄嗟に目をそらしたので会話などはなかったのですが、
瞬間的に「ごめんなさい」という罪悪感が湧いてきました。

「なんで?」とおかしな罪悪感だと思われるかもしれませんね。

私はその日たまたまちょっとおしゃれもしていたんです。
そうすると、
「おしゃれな格好しててごめんなさい」
「調子に乗っててごめんなさい」
「目立ってごめんなさい」
「小さくなってないといじめられる」・・・
過去のイジメの時の状況が思い出され、実際の状況とは関係ない
罪悪感が大暴走です(><)
その後身体反応が出てしまい、吐き気を伴う激しい頭痛で一晩寝込みました。
少し冷静になってみると、自分でも「不自然で不合理な罪悪感」だと
感じることができましたが、その場にいた時はその罪悪感の暴走を
止めることはできませんでした。

中学時代というと、もう20年も前の出来事で(もうそんなに経つのか・・・)、
セラピーやワークショップの場で扱ってきた問題ですが、これほどまでに、
イジメの後遺症というものは根が深く、20年経った今でもこんなに影響を及ぼす
ものなのだと改めて実感しました。



イジメに限らず、深い傷つき体験によってトラウマを抱えてしまうことがありますが、
トラウマの反応には様々なものがあります。

○ドキドキする
○眠れなくなる
○具合が悪くなる
○体が緊張して硬くなる
○呼吸が浅くなる
○ガタガタと震える
○感情が凍りついてしまう
○不安な気持ちになる
○罪悪感にさいなまれる
          などなど・・・

体からメッセージを発する身体反応や、なんだかザワザワしたり
不安な気持ちにさいなまれるなど、いろいろな反応があると思います。

私も今回のことで、罪悪感の暴走や、心臓がバクバクしたり頭痛という
身体反応がありました。
この反応は、ものすごい威力で自分でコントロールできなくて、本当に厄介です。


 斎藤先生も、イジメによるトラウマはその後遺症を残して、
それがそれが人生のその後に意外に長くストレスを起こし、過酷なトラウマは必ずわれわれの身に降りかかるとおっしゃっています。


そして、一番怖いのは、人間関係のうえでのトラウマだそうです。

家族は人間関係そのものだから、家族からのトラウマの要素を取り除こう
というのは無理だけれど、それでもできるだけ少なくする努力が必要だとおっしゃっています。


本当にそうだと思います。
育ってきた環境の中で、
「色々習い事をやらせても、何一つそれで生計を立てることもできないし、
中途半端でモノになっていない」
自分の好きなことを一生懸命やっても
「そのくらい勉強も一生懸命やってくれればいいのに」
というようなことを、たくさん浴びせられてきました。
自尊心も何もあったもんじゃなかったなぁと思います。
そして、今回の私のイジメトラウマによる反応も、元をたどれば
親から与えられた価値観などが影響しているということがわかります。


でも、私は20代後半に差し掛かった時、ある心理系の講演会から
自分が生きづらさを抱えているということに気付き、そこから
今まで押し込めていた感情を過食嘔吐で吐き出す代償行為が始まり、
セラピーにつながることで、親の世界観と違う世界観を持てるようになったと思います。

そして、親からはもらえなかったけど、私の能力を発揮させてもらえる
機会を与えて下さったり、能力を認めてくれるようなフィードバックをしてくれる
方がたくさんいて、少しづつ自分の自信や力になっていると思います。


子どものころに失ってしまった「自分を守る力」「自分には価値がある」という
信念を、自分に向き合う作業を通じて取り戻しているように感じます。


でも、斎藤先生もおっしゃっているように、人間関係によるトラウマは
本当に大きな影響を与えるものだと思います。

私はイジメ被害者であると同時に、自分がいじめられるのが嫌で、
加害者の一人となったこともあるので、私と同じように後遺症に
苦しんでいるかも知れないと思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいです。


でも、今後も自分のイジメ被害がどのように自分に影響しているのかを見つめ、
そして自分が加害者にならないように癒し作業を続け、今後の人間関係に
この経験や学びを生かして行きたいと思います。



Posted by fccn at 22時16分   Comment ( 4 )

コメント

何度もゆっくり読ませて頂きました。 それでもイジメの構造がしっくりこないのは、私の中でシャットアウトしているようです(T_T)   自尊心の泥棒...頷いて笑ってしまいました。笑えない話ですが、笑うことしか出来ません... 本当につくづく私もそう思います(/_;) 自分がどれ程までに奪われていたか最近痛感していたので、タイミングが良いですね^^   私もイジメにあってますので「おしゃれな格好しててごめんなさい」「調子にのっててごめんなさい」「目立っててごめんなさい」「小さくなってないといじめられる」というのが、私にもありました。...というより読んでいて思い出しました(笑)当時は外に出るのが恐かったです。親からは「おしゃれをすれ」と言われ、言う通りにしていて「知っている人に会ったら...」とビクビクしていましたから。そのケースを考えると確かにイジメの構造はなるほどと思います。   私の場合、他にイジメに当たらなくないけど、友達に言われた言葉にかなり傷ついてきました。友達といっていいのか...と思いますが、当時を振り返ると自分を傷つける人に近づいていたんですね(-_-;   石山さんは学んだことを活かしておられると思います。自分の過去をシェアすることも、同じ様な思いをした人には「自分ひとりじゃない」と安堵できますし、その原因や対策など書かれていて読む方は参考になります。...と私は思いますし、少なくとも私はそうです。 辛い過去を話すのは大変な作業ですが、私も頑張ろうと勇気や元気を頂いてます。何時もありがとうございます。

ゆん 2008年10月18日 19時39分 [削除]

ゆんさんへ

コメント ありがとうございました。
大切に読ませていただきました。


何度もゆっくり読んでくださり、イジメの構造についてどうもしっくりこない感じがあることを感じ、なにか自分の中でシャットアウトしている部分があるというふうに感じられたんですね。

ゆんさんはきちんと自己内省をして、自分の中で何が起きているのかじっくり観察されているんだなと思い、とても感心しました。

このしっくりこない感じはなんだろうと、自分に問いかけてみることは、とても大切なことですよね。


「自尊心の泥棒」
私も、斎藤先生のこの表現にとても深く納得でした。
ゆんさんにとっても、ちょうどタイムリーなことだったようですね。

私が感じるあらゆる「ごめんなさい」の罪悪感が
ゆんさんご自身にもあったということを思い出されたんですね。
親の言うとおりにおしゃれをしても、「知っている人に会ったら・・・」とビクビクされていたことがあったんですね。
それは、不安な気持ちで居心地も悪かったでしょう・・・。


そういった経験を思い出すことによって、イジメの構造の理解も少し深まったようですね。

私も、今までイジメの問題に向き合う作業をしてきましたが、イジメの問題が親子関係にあるということで、イジメのルーツの理解を深めることができ、今後のイジメによる癒しの方向性がちょっと変わるように思います。



代表の阿部が申してましたが、イジメのトラウマだけを
何度も癒すより、そのルーツも癒す、ダブル癒しの作業が必要なのだそうす。

本当に、生まれて初めての人間関係が家族ですから、
その根っこの部分に焦点をあてて癒しをすることが必要なんだなと思います。

むむぅぅぅ、こりゃ、なかなか手ごわいですが・・・(ーー;;;)



自分の過去の体験をシェアすることで、一人でも自分の力を取り戻すきっかけになったり、勇気や元気を与えることができたなら、私もとても嬉しいです。


ゆんさんもこの場でご自身の体験をシェアしてくださったことで、私も勇気と元気をいただきました。

ありがとうございました。




ishiyama 2008年10月19日 02時21分 [削除]

  何度もすみません。 今頃気づいた自分のことですが、少し話をさせていただきます。 私は幼稚園(2年)を含め、高校卒業するまでずっと某かイジメの対象になってきたように思います。「イジメと言うほどなのか?」と疑問が沸くような内容でしたが、少なくとも私は傷ついていたのは確かです。強がって平気なフリをし続けていましたが... ・話しかけても聞こえてないフリをされる ・近くにいると声を上げて逃げる ・ありもしない噂を立てられる ・親切心なのか分かりませんが、わさわざ「**さんがゆんさんのこと嫌がっていたよ」と教えてくれる。これは私が近づいていくグループの人達が「ゆんさんは困ると言っていたよ」と言われこともありますね(苦笑) ・容姿をバカにする ・ダメ出しをする ・無視をする。 ・仲間外れにする。仲間に入れない ・クラス全体からのイジメ ・上級生から目をつけられていた(理由は不明です。転校し間もなくからでしたから) ・死人扱い(机の真ん中に花を置く) 等々‥‥‥って私、イジメられてましたね(笑) ひとりで考えていたら、認識が持てなかったです。教師による遠隔的なイジメも少々ありました。明らかな教師からのイジメではなかったのですが... 親も私がイジメにあっていたことを認識してました。が、「あんたが悪いから」とダメ出しをされてました(泣) 故に親にも言えず、誰にも言えず...言っても否定されましたし(汗) 私は「目が大きくていいね」と言われますが「出目金」「目がでかくてキモい、こっち見るな」と言われたため、褒められても拒否してしまいます><; 前髪を伸ばして目を隠していた時期もあります。 それでも「ひとりでいるのはおかしい」という思い込みにより、私は自分に合わない人にすがっていたんだと思います。イタイですね、我ながら(笑) 人がからかわれるのを見るのも辛かったです。「本当は自分がそうなるはずなのに...」とか思ってしまいました。 イジメの陰湿さは昔より巧みになってますよね。問題は子どもより親にあると私も思いますが、なかなか理解されがたいかも...と泣きたくなります。 長々とすみませんでした。でもスッキリしました(笑) ありがとうございます!!

ゆん 2008年10月27日 01時51分 [削除]

ゆんさんへ

コメントありがとうございました。
大切に読ませていただきました。


何度でも全然OKですよ^^
ご自身の経験をこの場でシェアして下さることを選択されるには、勇気も必要だったのではないかと思います。

ゆんさんの勇気と力に感動しています。


今回のトピックを通して、ご自身の過去を振り返り、多くの気付きがあったようですね。

幼稚園時代から高校卒業までの長い間、いじめの対象になっていたとのことですが、とても辛かったでしょう。
コメントを読ませてもらって、私も涙が出ました。


「イジメと言うものなのか?」という疑問を抱えながらも、傷ついていたという感覚を確かに持たれていたんですね。
ひどいことを言われたり、されたりしたら傷つくのは当然です。
周りが大袈裟だとか考えすぎだと言ったとしても、それによって傷ついたというご自身の感覚は大切なものだと思います。



自分がいじめられているということを認めることで、さらに惨めな気持ちになったり、傷つくことを回避するために、イジメの現実を割引したりすることがあるそうです。

そうすることで、かろうじて自分の存在を保ったり、
そうしなければ生きていくことが辛くて辛くてどうしようもない状況なんだと思います。


ゆんさんの言うように、「ひとりでいるのがおかしい」という思いから、自分に合わない人やいじめる人にも必死にしがみついて生きていくということ、私もありました。

誰かがいじめのターゲットになると、それを見るのも辛いけど、自分がターゲットになるものすごく辛いですもんね。

自分の中でものすごい葛藤がありますよね。


親や学校の先生にイジメのことを理解してもあらえないというのも、本当に辛くて悲しいですよね。
ゆんさんも、親に「あんたが悪い」とダメ出しされた経験があるんですね。


私も学校の先生に「いじめられるお前にも原因がある」と言われて、とても傷ついた経験があります。
親にも、「いじめる人は構わないで、他の人と遊びなさい」と、親としてはもっともらしいことを言っているつもりかもしれませんが、子供にとっては子どもの世界を全く理解していない言葉で、私はすごく悲しかったことを覚えています。

こういう経験があると、親にも誰にも助けを求めることができなくなりますよね。

本当につらい経験をしながらも、お互いがんばって生き残ってきましたよね(;;)



現在は、ネット社会ということもあって、顔も見えない、名前も匿名で誹謗中傷するという陰湿ないじめもあり、怒りや悲しみで胸が痛みます。

インターネットは便利な物でもありますが、間違った使い方によって、とても傷つく人や自殺にまで追い込まれてしまう方もいます。
顔が見えないから、名前が分からないからと無責任に人を非難したりすることは許されないことだと思います。

ネットでのいじめに限らず、無視をしたりいやがらせなどのいじめも同じく許されない行為だと思います。


人を変えることはできないけど、いじめの構造や家族の中の起源を知ること、自分の傷を癒し向き合って、自分をケアして成長していくことはできますよね。

ゆんさんも、イジメによって傷ついた心を癒していけるといいですね。

私も一生癒しを続けていきます。


コメントありがとうございました。

ishiyama 2008年10月29日 00時12分 [削除]

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