2008年11月29日(土)

闇に埋もれる近親姦 [トラウマ]

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代表の阿部です。
ひゃ〜と言ってる間に12月が来ます(汗)
さて今回は久しぶりに一人の人生物語の著書を読んで心が動き、自分と重ね、最終章および解説者のコメントの一部に涙があふれ、飛行機の中だったので声を殺して泣きました。
この貴重な著書を元に今回は近親姦虐待や生きにくさについて考えたいと思います。

「近親姦」この言葉を聞いて皆様はどの様に感じられますか?

 辞書でこの言葉を引くと
 「親子・兄妹・姉弟など、血縁関係の非常に近い男女が性的な交渉をもつこと」
 となっています。

 このようなことがあるわけがないと感じられますか?
 または自分とは全く関係ない遠い世界の話のように感じられますか?
 
 私は臨床心理学修士の立場で日々たくさんの精神的な苦痛からの回復や
 様々な心的外傷(トラウマ)の後遺症からの回復に携わらせて頂いております。

 うつやパニック、自傷行為、様々な依存症、
 不特定多数とのSEX、特定の人とのSEX漬け
 自殺念慮、自殺未遂、万引き、
 激しい感情の起伏、怒りの爆発、
 対人関係における理想化とこきおろしの両極端
 不安定な人間関係
 恋愛のひっちゃかめっちゃかさ
 
 この様な訴えや状況を呈している事は非常に多いです。
 
 医学的には境界性パーソナリティ障害(ボーダーライン・BPD)と診断がつくような状況です。
 
 
 何度か面接をしていく中で、過去に非常に近しい人間から
 性的な対象とさせられて、誰にも言えず
 深い悲しみと絶望、嫌悪感などを一人で抱えさせられ
 生き残ってきた背景が浮き彫りになる場合が多々あります。

 FCCNカウンセリングセンターにいらっしゃる方々の
 約38%、つまり2〜3人に一人が
 何らかの性的な辛いご経験をお持ちで生き残られています。

 驚かれますか?
 道東でもこのような事態となっています。

 しかし抱えてきたものは非常に語られにくい側面を持って いるのも事実です。
 勇気を持って話したのに、気のせい扱いされる。
 またはお前が悪いと言われる。
 それを愛情と言われる、割り引かれる、話をそらされる
 無視される、攻撃される、侮辱される
 このようなことが起こることも決して珍しくありません。
 
 こうなると被害者は2重に傷つき、心身共にボロボロな気分 になっても不思議はないと思います。
 
 

 親族や近しい人間から性的な対象にさせられるのには
 様々なものが含まれます。


 SEXに至るインサートがあるものの他
 性器を愛撫される
 性器を愛撫させられる
 身体を触る、舐める、もむ
 性器を押しつけられる
 射精を見せられる
 親のSEXを見せられる
 覗かれる 
 卑猥な言葉をかける
 寝ている時に服を剥ぐ
 お風呂に入ってくる
 着替えの場所を通る
 被写体にされる

 などが主なものです。
 
 子どもの頃に家族や近しい人間から上記のように性的な対象とされると
 子供は心身共に混乱します。
 自傷や自殺未遂が繰り返されたとしても、不思議なことではないと思います。
 生きていることそのものを地獄のように感じたとしても
 おかしいとは思いません。

 今回出会ったこの本は
 私の恩師の一人である斉藤学先生が読んでみてとおっしゃってたものなので
 購入させて頂きました。
 
 
 私は個人的に
 最終章にあった著者のセラピーの中での描写と
 仲間と行ったグループセラピーの中での経験を読ませていただき
 涙が一気に溢れてきました。
 私も個人セラピーもそうですが、仲間が居るグループでの癒しの効果を経験上知っているので
 本当に心が動きました。

 そして最後解説の箇所で斉藤先生が
 書かれていた文面の一部に、熱い涙が溢れて仕方なかったです。

 様々な生きにくさを抱え
 ひっちゃかめっちゃかな生き方をするしか術を知らない
 自殺願望、自傷、
 自傷にはボディをカッティングするだけではない
 不特定多数とのSEXもあるかもしれません。
 人との関係をうまく結べない
 健全な関係を知らない、健全な関係の結び方を習っていない
 薬やアルコールでや買い物で麻痺させてやっと生きてる
 人間関係を愛着を感じれば感じるほど攻撃していまう
 愛が分からない
 人が信じられない
 関係を破壊するようなことを言ってしまう
 関係を破壊するようなことをしてしまう
 些細なことに絶望を感じる
 
 この様な状況を呈していた者の一人として
 これらの全てを否定せず、必要なことだったと受け止め
 生き残ってきた力を認めて下さる専門家の存在、先生の一言に
 本当に深い深いものを感じました。

 著者の方の人生のほんの一部しか知りえませんが 
 違う人生で違う人間であっても
 根底では同じ仲間としての自分を感じた1冊です。

 また、著書の中に
 性被害経験を持っている一人のアーティストの言葉に
 自分はアーティストにならなければテロリストになっていただろう
 というくだりと
 著者の方の
 「わたしも彼女と同様に作家でなければ通り魔か狂人か
  殺人犯になっていただろう。わたしは男を殺すこと
  できることなら全ての男を殺害することを夢想せずにはいられない」
 という箇所があるのですが
 ものすごく納得できるものでした。

 アメリカの刑務所で心理の専門家が活動している報告があるのですが
 そこに映るたくさんの犯罪者の中に
 高い確率で性虐待体験を持つ者たちが存在しています。

 
 私は刑務所の方々の性被害体験と犯した犯罪や生き方の報告を見て
 自分は犯罪者と紙一重だという強い感覚を感じ
 ティッシュ箱を抱えて号泣しました。
 不良あがりの私には、本当に自分を見せられた感じがしました。
 私は犯罪心理や背景などにとても興味や関心があります。
 刑務所や少年非行、犯罪などを犯す人たちの中に自分を見ている部分もありました。

 なのでこの文面には
 心を揺さぶられました。
 
 

 全国で似たような苦しみや悲しみ、絶望感などをお持ちの方に
 是非読んで頂きたい1冊です。

 そして著者の方の勇気と力に心から感謝させて頂きたいです。
 
 偶然にも著書の発行日が私の手記の発行日と同じ日づけなのも驚きました。(私のはまだ買えません)

  
 
 
 



Posted by abe at 22時46分   Comment ( 15 )

コメント

是非その本読んでみたいです。題名など教えてほしいです。阿部先生も手記をだされたのですか。是非よみたいです。まだ購入することはできないのですか。 近親姦の被害者のことを考えるとつらいです。私は一度だけ親の所に飲みにきてた近所のおじさんにいたずらされました。ずっと忘れてたけど親とのかかわりが嫌になって、いろいろ原因を考えてるうちに思いだしました。そのおじさんより、なにもしらずにお酒のんでた親に腹がたちます。

2008年12月01日 20時29分 [削除]

手記発売、おめでとうございます。
出版社やタイトルが、記事になるのをお待ちしています。

「アーティストでなければテロリスト」
「作家でなければ殺人犯」
紹介されたこの告白は、雷が落ちたようでした。
・・・同じようなことを言っていた人を思い出したからです。
彼は画家になりたかったと言い、作家か詩人になりたいと言いました。
そうでなければ東京の片隅でチンピラになっていただろう、と語り、おれの手はまかり間違えば素手で人を殺せると息巻いていました。
・・・事実、本気になれば殺せたように思えます。
一日のほとんどを体を鍛えることだけに費やして、大人になったころには普通の社会生活を送ることが出来なくなっていました。
・・・ゆかりさんの講習会のなかで
「体を鍛えることに没頭する。」人格障害があると知って頭がガンガンしたものです。


先日、元厚生事務次官夫婦殺害で逮捕された犯人が
「飼っていた犬を殺された復讐である」と動機について語り、今もそう固持しているようですが
「荒唐無稽な理由だ」とメディアが報道するのを聞きながら、私は「犯人にとってはそれが真実なのだろう」と感じて寒気がしました。
とても似たニュアンスを、彼の口から聞いたことがあるからです。
「俺が捕まえたカブトムシを、ばあさんがA男にやったからだ!」
それは彼が幼稚園の時のエピソードで、そう言いながら暴れたのはもう30代後半でした。


・・・似るのでしょうか。
傷ついた心が癒されない時に、志向する方向がこんなに似るとは偶然とは片づけられませんね。

犯人が小学生の、犬を父親に保健所に捨てられた時に
「どうして僕の大切な家族を保健所に捨てたの!?」
と父親に言えたならば?
まだ語られないそんな一つ一つの積み重ねが最悪の結果に辿り着いて、
・・・もちろん殺した事実の責任は、起きてしまった事実は他の誰かに転嫁すべき事ではありませんが。

「彼」が
「おばあちゃんが僕の大切な虫をA男にあげちゃったんだ!!」と母親に言えていたら?
・・・その時に自分の気持ちを言わずにふたをする。
性被害も同じですね。
ふたの下で傷口がいつまでも、その時のままパックリ口を開いていて
誰かに気付いてほしいけれど触りたくはないと思ってしまいます。

自分の一番大切なものを誰かに不当に奪われたなら、
自らもまた、自分の一つの目的の為なら周り全ての人間を犠牲にしても厭わない、と強く強く囚われる・・・。
・・・ゆかりさんのおっしゃる「紙一重」を重く感じました。






恵里子 2008年12月01日 22時41分 [削除]

代表の阿部です。
コメント大切に拝見させて頂きました。
親との関わりが嫌になり、原因を考えている中で思い出されたことなのですね。
いたずらというものも絶対に許されるべきことではないと思います。
そのおじさんだけでなく
何も知らずにお酒を飲まれたいた親に腹が立つのは当然です。
この本を読んで頂けたら子どもが犠牲になり大人になったその後に
親への怒りが形を変えて被害者を占拠し、苦しむ術が分かって頂けると思います。
世の中の怒りの根源が生育歴にあると考えてもおかしくないのではないかと最近思います。
著書はパソコンで開いて頂いたら著書の紹介を貼り付けしてあるので購入できるシステムなのですが
携帯からもしかして著書案内貼り付けを見られないのかもしれませんね。
著者は佐藤亜有子 タイトル「花々の墓標」ヘルスワーク出版社
です。
私のは今印刷中なので購入システムが整い次第HP上で販売いたします。2冊とも興味を持って頂けて嬉しいです。

abe 2008年12月01日 22時45分 [削除]

恵里子さま

コメントありがとうございました。ほとんど同時アクセスでしたね(笑)

手記は近々販売できる予定です。

さてこの著書の中の
「アーティストでなければテロリスト」
「作家でなければ殺人犯」

やはり私同様雷が落ちましたか(汗)
私は読みながらアドレナリンが分泌されていく感じも味わいました(苦笑)
もう心臓がドキドキして、自律神経はかなり刺激を受けていたと思います。

身体を鍛えることに没頭するのが直接人格障害というより
鍛えることが依存症そのものになってしまっていたり、
レイプしまくったり、暴力や騙すことなどに罪の意識がないというような
反社会的な人格障害を併せ持つこともあるのです。

怖いです。
池田小の児童殺傷事件の犯人にはこの診断に当てはまるとも言われています。

先日の元厚生事務次官殺害の犯人の口述に
ぞっとされたのも分かります。
かぶとむし、犬・・・
この様なことは臨床心理の仕事に携わっていると様々な事件背景を学ぶ機会があるので
よく専門家の中で話題になることでもあります。

一見、筋が通っているように感じますが
脳機能的に考えても発育不全とも言えるかもしれません。
冷静な判断や共感、客観的認知など前頭葉のなすべき機能が
幼児のままの印象を受けるのは私だけでしょうか・・・。
脳機能について臨床心理の側面から学ぶことも多いですが
脳の発育を阻むようなストレスホルモンが過剰に分泌されるような環境であった可能性も考えられますね。
または「育児室の亡霊」という著書にあるように
生まれつきの残虐性を持っていたのかもしれませんし。

恵里子さんが書かれてあるとおり
起きてしまった事件などは責任として発生するのは事実ですね。
どのような背景があろうとも起ってしまったことに法的な責任が問われるのは
この社会の秩序でもありますね。

同時に、DV被害を受けていた女性が思い余って
相手の男性をあやめてしまったケースなどに
法的な責任と言うことに躊躇があるのも私の中の事実です。
とはいえそこに残された側の家族などの怒りもあると思いますので
犯罪のどこまでを考え、どこまでを理解していくのか
時に非常に難しく感じることがあります。

今回の元厚生事務次官殺害の事件について保健所に犬を殺されたという報道がされた際に
私は「・・・・・犬捨てたのはおまえさんの父親だぜ・・・(−−)事務次官じゃないぜ・・おい」と思いました。

トラウマの威力って本当に怖いです。
関係ない他人様をあやめるなら、自分の親を殺して下さいと言いたい私もいます。
え???そうしたら世の中の親ほとんど殺される???

簡単にこんなことは言えないってことですね。。。。

紙一重。。。私は本当に重いです。
自分の手記にも書きましたが私も世の中の不倫、世の中の男に怒っていた時期がありますから。

abe 2008年12月01日 23時18分 [削除]

珍しく昼間にアクセスしました。
私も「犬を保健所に連れて行ったのは父親でしょうが。」と
思わず言ってしまいました。
それに保健所の処分はあくまで仕事ですよね。

彼は本当は
父親に犬を殺された
と言いたいんだろうなと感じました。
父親を保健所にすり替えて自分を守っているんだな。

法的な事。
DVに関してはゆかりさんと同意見です。
どうして心神耗弱すらも認められないのかと
殺されたなら加害者は許されるのかと

・・・おっと。
これは本のコメントです(笑)
DVがらみの裁判本を読んだら
ナパーム弾が降ってきたので興奮しています。
「花々の墓標」は
これから買いに走ります。ツタヤにあるかなあ。

恵里子 2008年12月02日 13時01分 [削除]

本の紹介ありがとうございました。
私も先生に話していますが、性被害経験を持つ一人です。
この本を読んでみたいです。
阿部先生の本も読みたいです。
楽しみにしていますね。
怒り、、、誰かを殺したい、、、男を、、、
なんだかとても分かる気がしてきました。
先生ともカウンセリングの中で共通認識ですが、私は今、旦那に対して怒りの爆弾を投げつける女
簡単に言うとDV加害側だとやっぱり思います。

父親ではなく保健所に怒りを向けることで自分を守るというのも分かる気がしてきました。
私も旦那に怒っているうちはいいけど
父に対する怒りを感じるのは出来れば避けたいです。
かわいそうなのではなく、怒りが深すぎるのと
認めると私が傷ついて生きてきた現実
私が虐待を受けてきた現実を認めることになってしまいます。
旦那のせいにしていたいです。

釧路っこ 2008年12月02日 14時38分 [削除]

なんか、人を傷つける言葉を書いてしまった気がして
ハタと目が覚めました。

「殺されたなら加害者は許されるのか」

そういう問題ではないですよね。
ゆかりさんから、犯人探しはできないんだよと
聞いて分かっているつもりでも
地雷原に突っ込むと
われを忘れて直感だけで
白か黒か、是か非か、有か無か・・・に
すべてを投げてしまいます。
緊急モード時の私の悪い癖です。

読まれた方、釧路っこさんも
不快に思われたならごめんなさい。

恵里子 2008年12月02日 21時29分 [削除]

手記を書き上げられたのですね。お疲れさまでした^^ 出版、楽しみにしてます。  恵里子さんが書かれていたコメントに「犯人探しはできないんだよ」という言葉に衝撃が走りました。どのような会話の中でかはわかりませんし、私の一方的な解釈なのですが、私もそう思います。うまく言えませんが、その言葉は私の頭の中にもあります。でもどうしても犯人探しに走っています(汗)  白か黒か、全か無かの極端な思考になってしまうからだと思っています。加害者を許す許さないだけでなく、何故そうしたか、何故そうなったか...と考えると悲しくなります。それでも加害者が起こした行為は許せない時もあります。独り憎しみと悲しみのスパイラルに嵌まりますので、意図的に深くまで考えないようにしてます。  阿部先生、質問があります。  性虐待(私の場合はこちらなので)を目撃した人はどうなのでしょう?しかも、非虐待児が「愛されている」と思って喜んで受け入れている場合、どうなんでしょう? 「何が?」的な質問で申し訳ありません。 カウンセリングで少しお話ししましたが、姉は養父の玩具でした。姉は甘い言葉を信じていました。姉がそうなったのは私のせいにされてきました。 私が甘えん坊だったために姉が母から愛情が受けられなかったと... 目撃してから養父、姉を怨みました。憎みました。それを知っても別れなかった母を怨みました。今は、姉に対して怨みはありません。それでも、「私がいなければ...」と私の存在を否定する力を残してます。 それは、このことについて辿り着く犯人は「私」になってしまいます。母、姉、養父から責められたり嫌みを言われたりしてきました。 今の私は「私の責任ではない」とわかってもいますが「犯人は私」というのも拭えず、私は汚いと思ってしまいます。 直接的な性虐待は殆どありません。私が回避してきましたから。 それでも、性被害の方のような感覚が私にもあり、時々迷います。 私は加害者であり被害者という波に揺られてしまいます。細かいことはカウンセリングでケアして頂きますが、目撃した人についても知りたかったので、コメントをさせていただきました。 携帯からなので読みにくいと思いますが(私の話し方の悪さもありますが...)よろしくお願い致します。

ゆん 2008年12月03日 17時38分 [削除]

先程、入れたコメントにあたり誤解を受けるような内容だったかと思い、追記させて頂きます。  私はDVの被害を受けています。性的なこともありました。気持ちは拒否しながら、嫌悪を持ちながら身体は受け入れたりして矛盾していました。講座でも言われてましたし、阿部先生も仰っていましたが「気持ちと身体の反応は別」ということもあります。先生のお言葉とニュアンスが違っていたらすみません。   だから、恐怖を抱えながら身体は受け入れて、その矛盾の辛さは私もあります。相手が近親者であれば、その傷は私の想像を越えるほどと思っています。そのような方々を非難する気持ちは全くございません。でも、読み手により傷を抉られても不思議じゃないかとも思いました。   削除しようかと迷いました。削除で終わらせては既にご覧になった方に対して非礼かとも思い、追記するのは「言い訳」を重ねるだけでないのかとも考えました。   言い訳だとしても、削除してなかったことにするのは二重被害にもなるかと思い、追記を書かせて頂きました。   この件に対して、私は養父は何があっても許せない存在であり、母は問題転嫁したこともすごく悲しく、恨みも少しばかり残ってます。 姉に対しては色々と申し訳ない気持ちがあります。姉は本当に被害者です。私とは違い、素直さを真っ直ぐさを持つ人で、確かに愛情に飢えていました。私が子どもの頃からそれは知っていました。それに漬け込んだ養父は今でも殺したくなり、苦しんで死ぬことさえ望んでいる私もいます。 養父の幼少時の話を聞いたり、事故により手を失い人に負けじと頑張っていたこともわかりますが、だから女性を見下すのを認められません。   事件の背景は様々な理由があり、表に見えるのはほんの僅かだと私は思います。 時に知れば知るほど悲しくもなります。本当にただただ悲しくて、言葉は見つかりません。   関係ない話ですが、私はワイドショーが苦手で、近年のワイドショー化したニュースや情報番組も殆ど見ません。辛くなるだけだからです。 今回のコメントに対して、私は人の傷を抉ったのではないかとも思います。私にそのようなつもりはなくても、事実二重被害を受けた方々には本当に申し訳ありません。 許しを乞う気はありませんが、今後は気をつけて参ります。

ゆん 2008年12月03日 20時18分 [削除]

恵里子さん&釧路っこさん&ゆんさん


コメント大切に読ませて頂きました。
恵里子さん、ゆんさんはご自身のコメントの文面が誰かを傷つける可能性があると感じられたのですね。

被害、加害の話しをするとこの様なことは起りうるものと思っています。

HP上でのやり取りはこのようなリスクがあるのは当然と思っています。
特に、被害・加害というものが存在するものを大衆の面前で互いの考えや気持ちをシェアしあう際に
被害側・加害側、じつはどちらも傷つく可能性をはらんでいると思います。

今回はお二人ともその事を自ら気に止めて言葉を補足したりなどの配慮をされたのはとても素晴らしいことだと感じています。
リスクを怖れていたら今度は逆に全く語る場がなくなってもしまいます。

記事にも書かせて頂きましたが
性被害については尚のこと語りにくい側面がありますので
リスクに配慮しながら、互いに自分の考えや感覚、経験を尊重することができると嬉しいです。


被害を受けた人が加害者を恨むのは自然な感情です。
被害を受けた立場にとっては加害者にたとえどんな背景があろうともそんなに簡単に許せるものではないのは当たり前のことだと思います。
どんな背景を持っていても、それを加害に結びつけてもOKと許可が降りることではないからです。
どんなに悲惨な過去があったとしても
それを自分で気がついて、トラウマの治療を受けるなり、仲間と分かち合うなり、精神科に行って薬物療法を
受けるなり、何らかの方法で「自分を癒す責任」は本人のものだと思います。
どんなにひどい目にあっても、その傷を他の加害で蒔き散らすか、自分の傷や痛みを面倒みるかは本人が出来る選択です。

被害を受けた側も十分に恨みや怒り、憎しみを感じて表現していくことも
同様に自分を面倒みることになると思います。
感じる必要のある感情はしっかり感じて
表現する。
それをすることで出来事からの悪影響が軽減することは多々あります。
何も自分の怒りを表現も面倒もみないでいたら
ずっと被害者のままとも言えるかもしれません。

今回のこの勇気ある著書の作者の方も本当に最後には自分を見捨てずに面倒を見ていると本を読んで感じました。


釧路っ子さんも自身の被害体験についても目が向き
自分自身がご主人に対しての加害という理解にも至ってらっしゃるのですね。

大きな気付きですよね。

加害や被害は繰り返される特徴を持っていると考えられるかもしれませんね。
DVの加害者のプログラムを行っている方が話してましたが
加害者の話を聴いていると、そこには被害者が浮き彫りになると・・・
本当にそうなのだと思います。

事実ではあっても
これを被害側が全てを受け入れる必要はないと思います。
受け入れられるようになったら受けれればよいし
受け入れられなければその気持を大切に労わるということも
自分の面倒をみることになると思います。
このような心の変化はセラピーやカウンセリングなどで起ることは多々ありますが
あくまでも個人差があります。


さてゆんさん
質問ですね。

性被害を見ていた立場はどうなのかということですよね。

直接受けていなくてもその衝撃は計り知れないのは理解して頂けるでしょうか。
親のレイプまがいのSEXを見ても、受けたのと同等のトラウマになりえると言われています。

直接の人、間接の人、そのトラウマの深さを計ることは不可能ですが
ダメージはかなり似てくる可能性もあります。

トラウマは人によって程度や深さなどダメージは違うと言われていますが
性的なものをしかもきょうだいへの義父の性虐を目撃するというのは
かなり大きなトラウマです。

それと
直接はほとんどなくとも
回避が出来たとしても
義父からの性的対象にいつ自分がなるかと覚えていること事態
かなり大量のストレスホルモンが分泌するはずです。

子どもは「安心・安全」な環境に育つのが理想です、
性的対象になりうる危険性が蔓延している環境は安心安全ではなく「不安恐怖危険」だと思います。


他には
自分が犯人という認識も辛いですね。
客観的に見ると100%犯人ではなく被害の立場であるのが見えますが
本人でしかも母親などからあなたのせいだという言葉を受けていれば
子どもがそれをまともに受けて自分のせいだと感じるのはある意味自然な流れだと思います。
事実ではないものを信じ込まされていることは
機能不全家族の共通する特徴だと思います。

長くなりました。


このトピックは一気にアクセス数があがって驚いています。
やっと道東もこのトピックに関心を持ってもらえているのだと思いますし
同時に性被害のトピックについてたくさんの方に真実を知ってもらいたいです。

知っていくこと
経験者は語っていけること
で大きな変化が起る可能性があります。

性被害が無い世の中になって欲しいです。
無理なのは百も承知ですが、少しでも減って欲しいです。
このようなトピックを皆で考えあい、語りあうことで
草の根的な活動になりえると私は考えています。

被害にあった人間が
安全に語れる場は必要だと思います。

abe 2008年12月03日 22時57分 [削除]

携帯アクセスです。私は性被害を持っていて長年封印してきました、1年前にFCCNと偶然つながり、セラピーを受けたのですが、1年後の今の自分が違う以前とは人間のような感覚です。うまく言えないのですが、、、、今回のコメントの数々を読んで感じたのですが、まさに1年前の私は彼氏に暴力をふるう加害者の仮面をかぶった実は過去の被害者でした。それがセラピーを受けてから半年でほとんど暴れない自分がいます。嘘みたいです。自分をケアするには勇気もお金もかかりましたが、私という傷ついた人間に息吹を吹き込むことが出来たと思います。先生にお礼を言っても言い足りないです。でも先生はいつもあなた自身の力なんですよと言ってくれます。先生に言われると確かに私ってすっげーかもと思えるようになりました。性被害を持って苦しんでいる方が勇気を持ってカウンセリングに申込ができる世の中に私はしたいです。

2008年12月03日 23時27分 [削除]

ゆかりさんがおっしゃった「犯人探しは・・・」は
多分、去年受講した心理学講座かコミュニケーション講座のなかで
私が聞いたことだったと思います。
事件が報道されると必ず犯人の成育歴が興味本位に流されますが
多くが虐待されていたり、ハイリスク家庭で育っているとされますよね。
「私たちは親から学んだコミュニケーションで対人関係を結んでいる。」も、講座の中で聞いた事ですが
「じゃあ、私たちを傷つける親は誰からこれを学んだのでしょう?」
親はその親から、その親はさらに先代の親から・・・と
家系図のように遡っても
「誰が最初に傷つけたか」を追求することはできない
だから「真犯人はいない」「加害者であり被害者なのです。」

私の中でだいぶ消化されたので
言い方は違うかもしれませんが

グレイでいいんだよ、ということも
その時学んで「あっ、そうか。」と気付いた事でした。
白黒決着つけなくていいんだと楽になりました。
でも、ゆんさんのおっしゃる通り、そう簡単にはいきませんよね。
自分の中に不可侵地帯があって
そこを攻められるとついつい過剰防衛してしまいます。
そういうときの私の文章や言い方は
「相手を叩きのめして傷口をえぐっているようだ」と言われた事があります。
今回コメントした時の自分に
そんな感覚が、軽くですがあったように思えたのです。

自身が暴行された経験は痛みを感じるハードルを高くしていて
それに触れられると
受ける痛みを麻痺させるために
いっそうキツイ言葉で自分の感覚をえぐっているんだな
脳の中を自傷しているんだな
と、最近思いました。

恵里子 2008年12月04日 02時05分 [削除]

代表の阿部です。


1年前と違う人間のような気がしている方&恵里子さんへ


コメント大切に読ませて頂きました。

性被害を誰にも話せずに長年過ごされてきたことは
とても重いことだったと思います。

偶然であってもFCCNを見つけて
過去のことを語ることが出来たことは凄いことですね。
一人で抱えてくるにはとても重いリュックだったと思います。
ここで降ろして少し中身を整理してみることができたことで少しは
軽くなっていると思います、
この作業ができて本当に良かったですね、
勇気が要ったことと思います、
お金もかかりますしね。

その結果が1年前とは違った自分になれて
暴れていた自分が影をひそめつつあるのは素晴らしい変化と成長ですよね。


犯人探し、私もずっと犯人を特定して生きてきた一人です、
恨み続けてきました。
この11年間で自分を癒し、心理の学びもしている中で犯人はおらず、被害者が加害者、加害者は被害者という図式が見えた時は
愕然とさせられました。

それでも犯人を恨み続けたい気持ちだった私が数年まに出会った面白い絵本があるのでご紹介させて頂きます、
上の記事の所にアマゾンで貼り付けておきますので
機会があったら読んでもらえると面白いと思います。

長谷川義史さんの「おじいちゃんのおじいちゃんのおじいちゃんのおじいちゃん」という絵本です、

最後のページを見て
犯人はコイツか・・・・と微妙な気分になった私です(笑)


脳内自傷、とても分かりやすい表現ですね、

人生そのものを自傷されてるように見える方もとても多いです。
わざわざ信用を落とすようなことをしたり
人に嫌われるようなことを言ったりやったり
物事が上向きになったとたん何かやらかしたり
無意識とはいえ、人生自傷のように感じることが多々あります。

白黒ではなくグレー・・・本当にそうですね、
私も恩師の先生にそう教えてもらっていながらも
自分のこととなるとつい白黒に陥っていてセラピーで指摘され気づくこともあるんです(^^;)情けないけど。

abe 2008年12月09日 23時09分 [削除]

在庫切れで予約していたアマゾンから
花々の墓標が漸く届きました。
夕方配達されたこの本を
1時間少々かけて一気に取りつかれたように読み終えて
呆然とした虚脱状態です。

私は近親姦虐待経験者ではありませんが
その生々しさや体感は
やはり私の封印した過去と同じ匂いのするものでした。

ゆかりさんが感じたアドレナリンというのもよくわかりました。
被害者であると同時に
夫の前にいた私は、夫の意のままになる虐待者でしたから
あの、言葉が意識からなくなり
体が衝動的に心を失ってひたすら暴走してゆく過程の快感と興奮は
今でも体中に蘇ることがあります。

作者の母と父がそうだったように私も
「我が子」は「夫」の隠れた共犯者であり
自分の敵だと思い込んでいた事。
私にとって離婚前の子供の存在は「カポー」でした。
父親の意のままに私の動向を密告する存在・・・。
そんな子供たちが「お母さんを守りたかった。守れなかった。」と思っていたとは
ついこの間まで気付かなかった事です。

特にお姉さんが作者をたたき起して
「昨夜のあれはどういうこと?私を侮辱しているの?」
と、据わった眼をして詰め寄る場面は
雷が落ちるように夫との朝の会話を思い出して
頭の中がスパークしました。
・・・そうだ、だから朝が怖かった。
前の晩にいくら納得して機嫌よく寝付いても
拷問のようなSEXに応じてこれで気が晴れただろうと思っていても
何かに突き動かされるようなピリピリした表情で自室から起きてきて
「あれはどういうわけでこうなった。」
「なんで俺が我慢するんだ。」
そんな執拗なねちっこい言葉のいたぶりと
そのあとの凄惨な破壊を思い出しました。
私は自分が殴られる時も、物を壊される時も
同じように体中が突き刺されるように痛かった。

家の中が秘密で一杯になることが、こんなにも心を破壊するとは。
ぐっすり幸せそうに眠っている我が子の寝顔をのぞきこんで
どうぞ少しでも地雷が取り除かれていますようにと
何かに祈りたくなりました。

紹介されなければ、田舎の本屋では手に取る機会さえなかったものです。
読むには力が要りました。
でも途中でやめずに読むことができて嬉しかった。
変な言い方ですが・・・
私の本棚にはまだ力不足で向き合えず、読めないものがたくさんあるので。

紹介してくださってありがとうございました。



恵里子 2008年12月14日 21時59分 [削除]

恵里子さんへ


コメント大切に読ませて頂きました。
最後まで読めたのですね。
読むことにはそれなりの精神力が必要であると思います。
タイトルだけで購入したはいいけど、表紙をめくる事がまだできない、
数ページ読んだけど、閉じてしまった、
このようなことは結構頻繁に起こると思います。
人間は9割が無意識と言われていますからね、

さて今回の著書の中で近親姦虐待ではなくとも
共通する個所をいくつか見つけられたようですね、
性暴力という側面では似ていてもおかしくないですよね、

頭の中がスパークされたようですが
キツイけれど、大きな気づきと共に過去が整理されていく作業になると思います。
暴力の後遺症からの回復にはスパーク反応はよく起こることです。
本を読むだけではなくそれに耐えられる準備が無意識の中で進んでおられるのだと思います。

暴力を受け続けると感情や感覚が麻痺していくことはよく知られていますが
後遺症の回復を歩み始めると、麻痺が解凍されていくので、色々と過去のことを思い出しては感覚として感じてしまうということが起こりますね。

時にそれはキツイ作業になります。
同時に、その作業を超えていくと、心も思考も柔軟になり、生きやすくなるとも言われています。

余談ですが
あまりに辛いトラウマの場合、キツイ作業はせずにトラウマ反応を除去していったり
良い感覚、安定した感覚を利用して、ちょっとだけ過去の辛さをイメージし、これらをMIXさせて後遺症からの回復に効果を上げているものもあります。

スパーク反応に耐えられそうにないトラウマの場合はこのような手法もあります。


さて子どもたちが敵<加害者>に加担する場面もよく起こることです
その様子をみて、相手側にいる者としてみなしてしまうのも当然のことだと思います、
動向を報告されるんですものね。

同時に子どもたちが小さな胸の中で
被害者側を助けたい、助けられない無力感で一杯になってしまっていたことに
気づいてあげられて良かったですね、

地雷の火薬抜きの作業は本当に大切になってきますね、
寝顔をみて祈るのも理解できます。

日本では大人の分野でもやっとカウンセリングが浸透しつつありますが
子どもの分野にもカウンセリングやセラピーは必要であると思います。
まだまだ遅れている日本ですが、私は見ることのないたくさんの子供たちの寝顔を想像し
地雷の火薬抜きの必要性を祈るばかりです。

abe 2008年12月15日 10時09分 [削除]

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